一澤帆布 - ICHIZAWAHANPU
一澤帆布の概要
一澤帆布の歴史
一澤帆布は日本の京都で一澤喜兵衛氏が創業したブランド。まずはこの帆布とはその字の通り帆船の帆に使用される布と思われがちであるが正確には一平方メートルあたり227グラム以上ある厚手の布の事を指しこの規格を満たしていれば帆布といわれる。その素材は大変丈夫で一澤帆布では現在でも昔ながらの製法で木槌や金槌を使って帆布を折り曲げ、加工している。一澤帆布は創業当初はその丈夫な素材を活かし植木屋さんや大工さんといった職人さんが使う道具を入れる袋を製造しており大変重宝された。現在の一澤帆布の人気となるトートバッグは1970年代ごろから製造しているがもちろんこのころにはトートバッグという呼び名は浸透しておらず当時の一澤帆布の3代目一澤信夫氏もその呼び名を知らずに作り続けていたという。
一澤帆布の製法は3人程度の少人数のチームを組んでその工程を行う。前述した通り硬い帆布を木槌やかなづちでトントン叩きながら折り曲げていきまさに職人技が産むカバンと言える。本来大変丈夫な素材で出来ている事からもきっちりとしたメンテナンスをして愛用すれば大変永い間使用できるのも一澤帆布の人気のひとつ。この一澤帆布が有名になったのはその町柄も大きく影響したとも言われている。大学の多い京都の町では学生が愛用しまた修学旅行で訪れた若者がその魅力に取り付かれ一澤帆布の人気は口コミでドンドンひろがっていった。
話がそれるといっても今後の一澤帆布を語る上では大事な話なのだが2005年にはお家騒動が起こってしまう。一澤帆布の株式の相続をめぐりそれまで実質的に4代目として一澤帆布を運営、カバンつくりを行っていた信三郎氏が経営権を失ってしまう。もちろん第三者に渡ったということではなく一澤信太郎氏と一澤喜久夫氏が正式な一澤帆布の経営者となった。裁判で株式相続に関する決着がついた後、正式に大株主となった一澤信太郎氏と一澤喜久夫氏は取締役会にて信三郎氏を一方的に解任しと言われている。経営権を失ってしまった信三郎氏は同社の取締役を解任されたこともあり新しく一澤信三郎帆布を創業。それまで一澤帆布を支えていた多くの職人も信三郎氏についていったという結果になった。そのため勝手な解釈ではあるが公式URLにも信三郎氏の新しいブランド一澤信三郎帆布を掲載している。
一澤帆布商品画像
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